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与謝野晶子の反戦
私は与謝野晶子を連想しました。与謝野晶子は日露戦争の反戦歌人として有名ですが、十五年戦争では戦争協力的な歌を詠みました。個人として見ると、年をとって体制順応に堕落したと見ることもできるでしょうが、社会的に見ると、より社会的な存在としての変化と見ることもできます。日露戦争は政府が勝手に行った戦争であって、自分達には無関係な迷惑なだけの戦争でした。だから旅順が落ちようと落ちまいと何事ぞと歌いました。これに対して十五年戦争は自分達の社会の存亡を賭けた総力戦との認識があったのではないでしょうか。
与謝野晶子の反戦は自分の弟にだけ向けられたエゴイスティックな反戦として、戦後の反戦平和運動の評価は低いですが、ここに市民感覚では説得力ある反戦論があるかもしれません。
日露戦争には反戦、十五年戦争では愛国という選択は、庶民感覚としては成り立つかもしれません。司馬遼太郎的な日露戦争は輝いていたが、十五年戦争は愚かな戦争という見方を改めた方がいいでしょう。司馬遼太郎的な見方は、実は庶民の反戦意識とは最も遠いところにあるのかもしれません。市民運動家が自己をバルチック艦隊に立ち向かう日本海軍になぞらえるなどは愚かしい限りです。
日露戦争には嫌悪感を表明しても総力戦には取り込まれるという現実を土台として考えるべきでしょう。集団的自衛権反対の元々の強い論拠はアメリカの戦争には巻き込まれたくないでした。戦争法反対に逆風が吹くとしたら中国・北朝鮮脅威論が説得力を持った時になります。そのようになると戦時体制に取り込まれてしまう可能性が高いです。自分達と無関係な戦争に巻き込まれたくないという感覚を大事にしたいと考えます。
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【2015/12/22 17:39 】 | 林田力wiki | 有り難いご意見(0)
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