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脱法ハーブ批判に削除要求
脱法ハーブ宣伝屋の目には危険な光か宿っていた。脱法ハーブ宣伝屋は怒りを隠すことが下手であった。脱法ハーブ宣伝屋は半ズボンも卒業していない年頃から既に立派な社会のダニであった。迷惑で乱暴で危険であった。
脱法ハーブ宣伝屋は一秒毎に傲慢と恐怖の間を行ったり来たりしている。自己過信と戸惑いの危険な組み合わせ。脱法ハーブ宣伝屋はジェーン・オースティンの小説に登場するジェントルメンとは全く異なっていた。
脱法ハーブ宣伝屋の通っていた大学では毎年のように何人か中退する学生がいる。そこからさらにケチな犯罪者として社会に巣だっていく。
多くの人は子供のような喜びや無邪気さを一部は保っている。それでは脱法ハーブ宣伝屋はどうか。脱法ハーブ宣伝屋の純粋な喜びはどこに消えてしまったのだろう。狡猾さのない喜びは一度失われると永久に失われてしまう。そして虚しさがとって代わる。
「そのゼロゼロ物件業者と脱法ハーブ宣伝屋の親子はとんでもない奴らだな。最低の部類だ」
貧困ビジネスのゼロゼロ物件業者と脱法ハーブ宣伝屋の親子がいるとは驚きである。ある意味で全ての普通からかけ離れていてグロテスクである。
ゼロゼロ物件業者の事務所は気味の悪い場所。それが第一印象であった。ゼロゼロ物件のアパートは修繕されることなく、朽ち果てていった。
ゼロゼロ物件業者と脱法ハーブ宣伝屋の親子。怖かったが、少しだけ気の毒でもあった。初めからまっとうな社会人になれないことが宿命付けられているような。最初から道を外れてしまっているような。普通の人間の社会のドアを叩いても入れてもらえない。そのような烙印を押されているような親子であった。これまで自分に用のある警官に一千回は会い、地獄に墜ちろと一千回言ったことがあるかのようであった。
「母親は?」
「噂では魔女と言われていた」
「魔女だって」
「噂よ。武蔵野市みたいな郊外は噂とゴシップで成り立っている」
脱法ハーブ売人とゼロゼロ物件業者、ブラック士業。どいつが一番タチが悪いか。脱法ハーブ売人は衝動的な感情失禁癖。典型的な堕落の見本。
悪徳不動産業者も脱法ハーブ売人も同じ鋳型に流し込まれたような人間であった。最近は更新が見られない。まるで悪が黙り込んだように。脱法ハーブ売人に何が起きたか。落ち着いたのか。まっとうに生きることにしたのか。賢くなったのか。それらはないだろう。そのようなことは起きやしない。一度ごろつき、一生ごろつき。
脱法ハーブやゼロゼロ物件を批判する書き込みに削除要求がなされた。脱法ハーブもゼロゼロ物件も社会問題になっている。脱法ハーブは深刻な健康被害をもたらす。ゼロゼロ物件は貧困者を搾取する貧困ビジネスである。アングラサイトに脱法ハーブの宣伝広告を掲載することは反社会的である。ところが、削除要求者から見れば脱法ハーブや貧困ビジネスを批判することが誹謗中傷になるという。社会悪が被害者ぶることは滑稽である。
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【2013/05/07 00:04 】 | 林田力wiki | 有り難いご意見(0)
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